債務不履行と債務不履行責任についてわかりやすく解説します。債務不履行とは、約束通りに義務を果たさないことです。契約当事者の片方が債務不履行に陥った場合、もう片方は履行の請求や損害賠償、契約の解除などを行うことができます。2020年の民法改正前後で、債務不履行の時効が変わったことについても紹介します。
目次
債務不履行とは
債務不履行とは、正当な理由がないのに、契約や請求の内容に従った義務を行わないことをいいます。「債務」とは、特定の人に何かをしなければならない法律上の義務のことです。債務を負担する人を「債務者」と言い、債務を行わないことを「債務不履行」と言います。
・債務と債権
債務は、日常生活において頻繁に発生します。例えば、朝起きて仕事をするのは「労働契約」により、勤め先のために働かなくてはならない債務を負っているからです。仕事が終わって夕飯の買い物をするのは「売買契約」で、スーパーでは商品と引き換えに代金を支払わなくてはならず、代金の支払いは債務になります。マイホームを建てるために銀行から借金をすることは「金銭消費貸借契約」で、毎月の住宅ローンの返済は、債務です。
債務の対をなす言葉に「債権」があります。これは、特定の人に何かを求める法律上の権利のことです。会社のために仕事をすれば、代わりに給料を受け取れるという「債権」を獲得します。スーパーでは、代金を支払えば、商品を受け取れるという「債権」があります。ただし、住宅ローンの返済は、借主が債務だけを負っています。
・債務不履行とは約束違反のこと
債務不履行とは、朝起きても正当な理由がないのに仕事をしなかったり、買い物をしたのに代金を支払わなかったり、住宅ローンの返済をしなかったり、といった約束違反のことを指します。
社会生活の中で発生する契約の多くは、法律によって守られています。債務不履行をすると、契約の相手方である勤め先やスーパー、銀行を怒らせるだけではなく、法律に基づいた様々なペナルティが発生します。
・約束以外でも債務は発生する
また、契約によって発生する債務だけではなく、車の運転中に不注意で人に怪我をさせ、損害賠償を請求された場合や、道路交通法違反で罰金を科せられた場合など、契約によらずに債務が発生することもあります。
債務不履行は避けなくてはなりませんが、自分が債務不履行をしてしまうケースのほかに、相手方が債務不履行をしてしまうことがあります。例えば、会社が残業代を払ってくれない、オンラインショッピングをしてお金を払ったのに商品が来ない、と言った場合です。
債務不履行について学ぶことで、社会で起こったトラブルに対し、法律知識を持って対処することができます。
債務不履行の類型
一般的に、債務不履行には「履行遅滞」「履行不能」「不完全履行」の3つの類型があります。
(1)履行遅滞
例えば、10万円の家賃を期日までに支払わなかった場合、約束の期限までに履行をしなかったということで、履行遅滞と呼ばれます。「履行ができるのに期日までにしなかった」ことがポイントで、金銭債務の債務不履行は全て「履行遅滞」となります。
(2)履行不能
例えば、戦国武将が愛用した高価な茶碗の売買契約をして、売主に引き渡す前に過失で茶碗を壊わしてしまった場合は、債務は履行不能となります。その茶碗は、他の似たような茶碗では代用がきかない、固有の価値を持つものなので、それが壊れた以上はもはや履行をすることはできないからです。
これに対し、大量生産できる1,000円の茶碗を引き渡しの前に壊してしまった場合、同じ姿形や材質・値段の茶碗が他にあれば、別のものを引き渡すことで目的が達成できるので、履行不能とはなりません。代替品があるのに引き渡さなければ、履行遅滞となります。
(3)不完全履行
例えば、マイホームを建てるように住宅メーカーに依頼し、完成して引き渡されたものの、雨漏りがする欠陥住宅であった場合は、「履行はされたものの、家として完成品とはいえない」ということで、不完全履行となります。
債務不履行をするとどうなる?
契約や不法行為などから発生した、法律で定められた義務を行わなかった場合、債務者には「債務不履行責任」という法律上の責任が発生します。債務者に債務不履行責任がある場合、債権者は債務者に責任を追及でき、裁判所を通じた措置をとることもできます。
・債務不履行により債権者が追求できる責任
(1)完全な履行を求める(履行請求権)
例えば、新築の家なのに雨漏りがするケースであれば、依頼主はメーカーに依頼して欠陥部分を修繕し、家として完全なものにするよう求めることができます。
(2)契約の解除
例えば、商品を買う約束をして、お金を支払ったのに売主がいつまでも引き渡さなかった場合などは、買主は契約を解除して、支払った代金を返してもらうことができます。最初から契約などしなかった状態に戻すことを、契約の解除と言います。
※「解除」と「解約」の違い
これに対し、賃貸マンションの入居者と大家の間でトラブルがあった場合などは、契約をしなかった状態に戻すことはできませんから、「解約」と言って、将来的な契約の効力を消滅させる手続きをとることになります。
(3)損害賠償の請求
例えば、借金をしたのに借主が期日までに返済をしなかった場合、貸した側は、借金の元本や利息の返済を求めるとともに、期日を過ぎてからは遅延損害金という、利息とはまた別のペナルティを付加して請求することができます。
借金における債務不履行
借金の契約である金銭消費貸借契約において、返済を行なわなかった場合、金銭債務は履行不能にならないので、履行遅滞として借金全額を支払うように要求されます。また、借金の場合は契約の解除が不可能なので、債権者は借金全額の一括請求と、損害賠償の請求をしてきます。
・金銭消費貸借契約とは
「金銭消費貸借契約」というのは、お金を借りる契約のことです。これに対し、アパートや一般的な物品を借りる契約を「賃貸借契約」と言います。
なぜ、金銭賃貸借契約と言わないのかというと、一般的な賃貸借契約は、借りた物品をそのまま利用するのに対し、お金を借りた場合はいったん別の用事に使ってしまってから、代わりに新たに稼いだお金などで返済することになります。借りたお金を一度消費するので、金銭消費貸借契約という名前がついています。
・借金はなぜ履行不能とならない?
金銭債権は、1万円の札束そのものに固有の価値があるわけではなく、1万円という金額に意味があります。借りたお金を使ってしまっても、別の手段で手に入れたお金で返せるのは、そのためです。仮に、お金が債務者の手元に1円もなかったとしても、理論上はどこかから調達してくることが可能なので、履行不能ではなく履行遅滞とされるのです。
失業や病気など、現実的な事情により借金が返済不能な場合でも、債権者は履行遅滞として請求をしてきます。そのため、借金が払えないときは、法律の専門家に相談し、自己破産などの債務整理を行う必要があります。自己破産手続を行って裁判所から免責を受ければ、借金の債務はなくなります。
・借金はなぜ契約解除ができない?
借金の契約の場合、貸主はすでにお金を引き渡しています。契約の解除をするためには、債権者と債務者の関係を契約前の状態に戻す必要があり、引き渡したお金を返してもらわなくてはなりません。しかし、借主はそもそもお金が返せないので履行遅滞になっています。そのため、借金に関しては契約の解除は不可能で、貸主は借金全額の履行の請求と損害賠償の請求を行います。
債務不履行が生じた場合に債権者は何ができるか?
債務不履行が生じた場合に、債権者が取りうる具体的な措置について、より詳しくみていきましょう。
(1)契約の解除
契約には法的な拘束力がありますので、通常は一方の都合だけで契約の解除はできません。しかし、相手方が債務不履行に陥っている場合は解除が可能なことがあります。解除が可能な場面としては、以下の3つがあります。
- 契約の時点で、契約書などであらかじめ解除ができるケースについて合意があり、そのケースに当てはまった場合
- 契約後であっても、話し合いで当事者同士が契約の解除に合意した場合
- 民法の規定に、解除できると書かれている場合
(2)損害賠償請求
契約違反や不法行為によって債権者が損害を受けた場合、債権者は損害賠償を債務者に請求することができます。原則として、損害賠償請求ができるのは、債務者が約束を守らなかったために受けた実損害だけです。慰謝料や迷惑料といった精神的な損害については、事前に特別な取り決めがあったか、あるいは法律に規定がある場合にのみ請求が可能です。
例えば、離婚の際に慰謝料を請求されたという話をよく聞きます。しかし、単なる性格の不一致や価値観のすれ違いなどが離婚の原因では、どちらかが一方的に悪いわけではないため、慰謝料の請求はできません。しかし、浮気や暴力など、離婚する原因を作ったのが片方の配偶者である場合、もう片方の配偶者について慰謝料が認められることがあります。
(3) 強制執行
債権者が訴訟に勝った後も、債務者が債務を履行しない場合、「強制執行」と言って、裁判所を通じて、債務者の財産を差し押さえるなどの方法で、債権を強制的に回収することができます。強力な方法ですが、債務者の財産は債権者が見つけなければならず、また差し押さえた財産が債権の全額に満たないケースもあるので、債権者にとっても手間がかかるリスキーな手続きです。
損害賠償が発生する債務不履行はどういったものがあるか?(事例)
損害賠償を支払わなければならない債務不履行の事例としては、以下のようなものがあります。
【事例1】借金の返済の遅延
金銭債権の支払いをせず、債務不履行となった際に発生する損害賠償を「遅延損害金」と言います。借金の契約は、履行不能にはならないので、借金の未払いを続ける限り、期日より遅れた分だけの遅延損害金が発生します。利息とはまた別に遅延損害金が課せられるので、支払いが遅れれば遅れるほど返済額は膨大になります。
任意整理を弁護士に依頼することで、債権者と交渉して利息や遅延損害金をカットしてもらうことができます。滞納の期間が長いほど、遅延損害金カットのメリットは大きくなります。
【事例2】二重譲渡
土地や建物などの不動産、あるいはネットオークションなどで一品だけの品物を売買する際、売主Aが買主Bと買主Cの両方に対し、売買契約を結んでしまうことがあります。これを二重譲渡と言います。売主Aが不動産や物品をBに引き渡した場合、Cについては引き渡し債務は履行不能となるので、CはAに対して損害賠償を請求できます。
【事例3】引っ越し業者の物損
引っ越し業者に依頼して引っ越しを行ったところ、業者の不注意により家具を壊してしまった場合、依頼者は壊れた物品の実損について損害賠償を請求できます。
【事例4】宅配便の物損
宅配業者に配達を依頼したが、業者の不注意により届いた品物が壊れていた場合、原則は損害賠償ができます。しかし、配送時の契約により賠償額の上限が決められているケースも多く、壊れやすい品や高価品を送る際には注意が必要です。
債務不履行の時効
債務不履行による損害賠償請求には時効があり、2020年4月1日の民法改正の前と後では、(1)損害賠償の権利を行使できる期間、(2)人間の生命・身体の侵害に対する損害賠償かどうか、という二つの点で時効の扱いが違っています。
【民法改正前の債務不履行の時効】
権利を行使することができる時から10年
【民法改正後の債務不履行の時効】
(1)人の生命又は身体の侵害に対する損害賠償請求権
・権利を行使することができる時から20年
・権利を行使することができることを知った時から5年
※上記二つのいずれか早いほうの経過で時効となる
(2)人的損害以外の債務不履行による損害賠償請求権
・権利を行使することができる時から10年
・権利を行使することができることを知った時から5年
※上記二つのいずれか早いほうの経過で時効となる
法改正により、人的損害の場合は時効が延長されました。しかし、人的損害・それ以外の損害両方について、損害賠償の請求ができると知った時から5年という条件が加わり、時効は以前よりも短くなっています。そのため、債務不履行による損害賠償請求権があると知ったら、早めに相手に請求し、支払いを受けたほうが良いでしょう。
ご自分のケースについて、債務不履行による損害賠償請求ができるかわからない場合、法律の専門家に相談されることをお勧めします。